闇の奥で、肉が蠢いている。

 その肉塊、産卵管の全長はおおよそ十数メートル、はち切れんばかりに膨れ上がった胴回りは最大数メートル、所狭しと曲線を描いたそのシルエットはまるで大規模生産工場の幹線ダクトのようだ。その存在感はまさに目を瞠るほどで、目にした者はどれほど勇敢でも息を飲むだろうと思われた。
 表面は薄い皮膜で透き通っており、内奥は酸の体液と卵の幼生がみっしりと詰め込まれているのが見て取れた。微細な血管が内壁へ無数に走り、微細に鼓動を打ちながら、まだ生まれぬ卵たちへ養分を供給してゆく。
 産卵管が据え付けられた悪夢的造形の玉座、産卵管の括れた接続部が繋がる先に鎮座するのもまた悪夢の具象。全長は十数メートルにも及ぶ巨体。胴体部分からは大小左右三対、長く逞しい六本足が折りたたまれて収納されている。卵を産むことに専念するため、“彼女”は肋骨にも似た頑強な梁で巣へとしっかり固定されていた。

 玉座に掛けた“彼女”の名前は〈エイリアンクイーン〉。異形の宇宙生物ゼノモーフの母親にして、この巣のエイリアンどもの頂点に君臨する偉大な女王である。

 無数のゼノモーフどもがひしめき合う巣の最奥でエイリアンクイーンは静かに休息していたが、ふと目を覚ましたかのようにゆっくりと体を起こした。巨大な冠、フードの下から滑り出たのは目の無い顔面、牙の隙間から漏れ出るのは力強い吐息。
 女王が覚醒した途端、その周りで傅いていたゼノモーフの群れはざわめき始めた。玉座を中心として広がるゼノモーフどもの艶めかしい声、浮かんでいるのは興奮の色。ゼノモーフどもの脳裏にあるのはこれから始まる神聖な儀式、生の饗宴への期待である。

 やがて、女王が動き始めた。体の奥から湧き上がる膨大な情熱に浮かされ、エイリアンクイーンは下腹部に力を籠めて思いきりいきむ》》。

 ――どくん、ドクンッ、ドクン……ッ!

 女王の下腹部が波打つほどの脈動が股間から尾てい骨を伝って、それから産卵管へと波及する。
 産卵管を取り巻く柔軟な筋肉がはち切れんばかりに、ぶるっ、ぶるっ、とその身を揺らして収縮、激しい情交にも似た激烈な蠢きで胎内の卵を力強く送り出してゆく。

 みち……みちみち……みちっ……!
 ぶちゅ……くちゅ……ぐちゅっ……。

 産卵管の張りつめる音が響き、産卵管の先端から濃密な粘液が零れ落ちる。いきむ女王は熱っぽい吐息を漏らし、それを見守るゼノモーフどもの興奮がいよいよ激しいものとなる。この巣のゼノモーフすべてが、本能で感じ取っていた。まさに今、悦ばしい“その時”がやってきたのだと。

 ぶちゅぶちゅっ、ぶびゅるるっ……ッ!!

 新たな生命が誕生した。エイリアンクイーンの産卵管、その出口が喘ぎ泣くように大きくこじ開けられ、管が一瞬膨らんで、愛液と共に中の物を外の世界へ送り出す。
 生まれ出たのは、エイリアンの卵。
 エイリアンクイーンが切なげに甘い声を上げ、それを目の当たりにしていたゼノモーフどもは一斉に絶頂を迎える。狭い王室内に濃厚な有機酸の匂いが立ち込め、大気が滲むほどの熱気が辺りに立ち込めてゆく。
 響き渡るエイリアンたちの咆哮。悪夢の一部を形作ったかのような、生物学的な審美。
 こうしてエイリアンクイーンは次々と卵を産み落としてゆき、ゼノモーフどもの巣は新たな生命と歓喜の声に満たされていった。その光景はまるで狂気と生誕の交差する異形生物の祝祭であり、エイリアンどもの巣穴で巡り続ける驚異のライフ・サイクル、その証であった。

 これは、エイリアンクイーンの産卵管にまつわる物語である。産卵管は、いや“ボク”は、元から産卵管だったわけではない。グロテスクな異形生物ゼノモーフの産卵管どころかかつてのボクは人間、その中でも栄華を極めた成功者だったのだ。

   ◆    ◆    ◆

 ボクの名前は〈ジョン=ユタニ〉。
 あるいは『ユタニ』という苗字でピンときた人もいるだろう。そうでなくとも、ウェイランド=|湯谷ユタニ》社の名前くらいは聞いたことはあるはずだ。
 そう、何を隠そう、このボクはかの世界的大企業の会長の孫だった。
 大金持ちの御曹司として何不自由なく育てられたボクは、祖父と両親のコネでそのままウェイランド=ユタニ社へ就職、会社の役員となった。そして形ばかりの役員業務の傍ら、ボクは親たちの仕事を手伝って経営を学び、ゆくゆくはこのウェイランド=ユタニ社を継ぐことになっていた。

 贅沢なことを言おうか。あまりに順風満帆で満ち足りすぎていたからだろうか、ボクは正直自分の人生に退屈していた。
 だってそうだろう? 毎日似たような日々の繰り返し、代わり映えのない仕事、面白くもない同じ会話。成功が決まりきった勝ち組の人生。ボクの人生で、ボク自身が勝ち取ったものなんか何一つない。こんなの生きてる張り合いがないじゃあないか。
 そんなこんなでスリルに飢えたボクは“よくない遊び”に手を出すようになっていった。たとえば、こんな風に。

「やあエミリー、キミは今日も美しいね。その笑顔はこの会場を明るくしてくれるようだよ」

 パーティ会場でボクがそうやって天使のように微笑みかけると、エミリーという名の若い女性社員は化粧っ気の薄い顔を赤らめて照れ笑いを浮かべていた。

「もう、そんなこと言わないでください、ユタニさん。わたしなんてただの普通の社員ですよう……」

 そう遜るように答えたエミリーの肩へ、ボクは親しげに手をかけて言った。

「普通なんて言わないでおくれ、エミリー。キミは特別だよ。キミの笑顔は我が社にとって重要な資産だ。キミが笑えばいつだって皆も喜ぶ、キミの笑顔は我が社の社員みんなの気分を盛り上げてくれるからね」
「まあ!」

 と、口元を手で押さえて声を上げるエミリー。

「本当に嬉しいです。私、ジョンさんについていけるように頑張ります・‥‥!」

 そう言った途端、エミリーの瞳に喜色が帯び始めたのを、ボクは見逃さなかった。ボクはすかさず距離を詰め、手入れの整った指先でエミリーの髪を撫でながら、彼女の耳元で甘いウィスパーボイスで秘密の言葉を囁きかける。

「エミリー、キミの笑顔に応えたい。キミと一緒にいる時間を大切にしたいんだ。何か特別なことをしてあげたいな」

 あ、そうだ、とまさに今思いついたかのようにボクは提案した。

「このあと二人でパーティを抜け出してさ、ディナーにでも行かないかい? 行きつけの美味しいレストランがあるんだ。御馳走するよ」

 ボクからの提案に、エミリーは目を輝かせて頷いた。

「本当ですか? わたし、とっても嬉しいですっ……!」

 ……勝った、とボクは思った。
 きっとエミリーは、ボクの特別な存在になれたとでも信じ込んだんだろうね。ボクをうっとり見つめるエミリー、その瞳には甘い期待の輝きが満ちていて、彼女はすっかりボクの虜になっていた。

「さ、行こうか」

 そしてボクはエミリーに優雅に微笑み、彼女の肩に手を回して一緒に会社の外へと歩き出した。エミリーの喜ぶ笑顔が見れてボクはとっても満足だった。今度のゲームもボクの勝ちだ。
 ……こんな塩梅で、ボクは女の子たちと遊ぶのが好きだった。まるで手練れのハンターにでもなった気分だ。美貌に恵まれたこともあって、学生の頃から女の子に不自由したことはない。

 そんなボクの在り方について批判する人もいるだろうけれど、ボクは悪いことをしていると思ったことは一度もない。
 そもそもお互い様だろう、女の子の方だって『玉の輿』なんて下心もあるんだろうから。女の子は誰も彼も純真で、そして愚かだ。何の取り柄もないわたしだけれどあるいはひょっとしたら……なんて甘ーい期待をどうしても捨てられない。ボクはそんな彼女たちの気持ちを満たして幸せな夢をひととき見せてあげているだけ、むしろ善いことをしているんだとさえ思う。
 そう信じているからこそ、ボクは自分磨きを欠かさない。最新鋭の|遺伝子治療ジーン・セラピー》を受けているし、ストイックな筋トレと食事制限、そして自己啓発セミナーと読書で若々しい美貌と女の子を喜ばせるテクニックを人一倍磨き続けている。そんなボクを批判する奴なんて、どうせモテナイクンの僻みだろうね。


 さて昨夜の相手――エミリーだったかな、まあ名前はどうでも良いか――とホテルで“情熱的な一夜”を過ごしたボクは、翌朝日が昇るよりも早く目を覚ました。
 ベッドでぐっすり眠ったままの女の子に優しくキスをしてから、耳元でそっと囁く。

「……行ってくるね」

 そしてボクはシャワーを浴びて身支度を整え、軽めの朝食を摂ってからホテルを後にする。
 形ばかりの役員といってもボクも一応は勤め人、会社には毎日きちんと出社して勤労の義務を果たさなくちゃ。それにこう見えてボクは無遅刻無欠勤、将来有望な真面目な好青年ってイメージで通っているんでね。
 いつもどおりなら役員用のオフィスに行って仕事を始めるのだけれど、今日のスケジュールは特別だった。オフィスに赴くよりも先に、秘密研究所へと向かう。いささか億劫ではあるけれどこれは重要なプロジェクト、社運を賭けた極秘計画だから。

「おはようございます、ユタニ役員」

 そう言ってボクを丁重に出迎えたのは、一体のアンドロイドだった。型式はハイパーダイン=エイペックスシステムズ・モデル1986-E/3。愛称はエドワード。我が社と提携しているメーカー謹製の最新型アンドロイドであり、ボクの秘書を務めている。

「おはよう、エド」

 そう言って、ボクもエドワードに挨拶を返す。たとえ相手がアンドロイドだとしても、満遍なく愛想良く振舞うのが人付き合いのコツだ。どこで誰が見ているかわからないからね。
 研究所のゲートでカードキーを滑らせ、指先からのDNA認証、さらに網膜認証を通す。ゲートをくぐってから、エドワードと共に通路を歩く。向かった先は研究所の最奥部、極秘プロジェクト『|新生児New Born》計画』の専用ラボだ。

「『標本』の状態はどうだい、エド」
「はい。バイタルサインは安定、サンプルは順調に生育しております。予定通りの『出荷』が可能かと」

 そうか、それはよかった。
 そしてボクは、ガラスケースの中の『それ』に視線を向けた。薄暗い部屋の中に設置された巨大な培養槽、その中でゆらゆら回游魚のように漂っているいるのは、異形の生物:ゼノモーフ。
 この生き物こそ、かつてボクたち人類を脅かした脅威。通称を『エイリアン』と呼ばれる怪物である。

「しかし……相変わらず醜いな」

 思わずボクがそうこぼしてしまうほどに、ゼノモーフどもは醜かった。どろどろとした粘液まみれのどす黒い体表に、骸骨のような節くれ立った体つき、背中から生えた触手のような不気味な角、そして眼窩の無い口だけの顔。その前後に細長い頭部ときたら、ちょっと下品かもしれないがそそり立つ男根みたいじゃないか。食前食後にはあまり拝みたくない造形である。
 生理的な嫌悪感に顔を顰めるボク、その隣でエドワードが「お言葉ですが、ユタニ役員」と言った。

「この生物たちがもたらす利益は計り知れないものです。たとえばユタニ役員自身が利用されている遺伝子治療も、このゼノモーフの研究成果から編み出されたもの。実利の前では外観など、些細な問題ではありませんか?」

 ……ボクにそれを言うのか、よりにもよって遺伝子治療で外見を整えているこのボクに。アンドロイドの癖に嫌味を言うとは、なかなか気の利いた“機能”だ。
 ボクが感心している中、エドワードは続けた。

「それに、この外見は擬態の一種とも考えられています。かつては彼らもホモ・サピエンスと同じように知性を持ち、高度な文明を築いた生命体であった可能性も否定できません」
「ああ、そうかもね」

 ま、そんなことはどうでもいいことだけどね。
 本来なら一秒たりとも眺めてすらいたくない、こんなおぞましいグロキモ怪獣どもにボクがこうしてわざわざかかずらってやっているのは、こいつらが我が社の重要な『資産』だからだ。
 ゼノモーフはこの『怪獣黙示録』の時代に現われた新種の生物だ。由来は宇宙からやってきたとも言われているけれど、とにかくこのゼノモーフという怪物にはとてつもない価値がある。
 たとえば、ゼノモーフの生体組織から抽出された特殊な物質や酵素は、医療、材料科学、エネルギーなどの分野で革新的な応用が可能だ。それにゼノモーフの遺伝子や生物学的な特徴を解析できれば、バイオテクノロジーの進歩につなげることができる。これにより、新しい医薬品や治療法、農業技術の開発、環境保護策の強化などが可能になるだろう。ともすれば、飼い馴らすことができれば、このおぞましい怪物どもを新しい生体兵器として使役させることだって出来るかもしれない。
 つまりこいつらを研究することができれば我が社は新商品を開発できて、利益を上げられて、世の中の役にも立つ。皆ハッピー、ってわけさ。

「……まあ、せいぜい上手く育ててくれよ。なにせ、我が社の未来がかかってるんだからね」
「承知しました、ユタニ役員」

 そうこうしているうちに水槽の向こうから、一体のゼノモーフがボクの眼前へと近づいてきているのが見えた。間近に寄ってきたこの標本について、エドワードがすかさず解説してくれた。

「……|検体六號Specimen-Six》ですね。中でも最も生育が進んでいる、いわゆるアルファです」

 言われてみればそのとおり、額には『|六號Six》』の焼き印が入っていた。ここで飼育されているゼノモーフどもは一目での区別が難しいので、管理の都合から額にシリアルを入れてある。
 それにアルファと呼ばれるとおり、体格は他のゼノモーフたちより一回り大きく見える。つまりこのゼノモーフどものリーダー格ってこと……まあ、こんなのは動物園の猿山のボス猿みたいなもんだけどね。
 水槽のガラス越しにこちらを見つめている、ゼノモーフの六號。目の無い顔で牙をむき出しにしたその表情は、なんだかチェシャー・キャットのようなニヤけた笑みのようにも思えた。
 そんなゼノモーフの姿を眺めながら、ボクは呟く。

「……ふん、化け物め」








 それから次に目を覚ましたボクは、微温湯のような心地好さの中にいた。

 見えてきたのは、闇の奥。
 あまりに真っ暗だったもので、当初自分が何処にいるのかよくわからなかった。全身が粘着質で生温かいもので塗り固められており、首を捻って辺りを見回すことすらできなかった。
 ……ここはどこだ。どうしてボクはここにいる。
 目覚めたばかりの意識を辿って、ボクは曖昧な記憶を思い起こす。たしかエドワードと別れた直後、研究所内で『漏洩事故』が起こったのだ。ボクはすぐさま研究所から脱出した、はずだったのだけれど……。
 やがて目が慣れてきて、微かな光を捉えた網膜が周りの風景を映し始める。

「ここは……?」

 どうやら、ボクがいるのはゼノモーフたちの巣の中であるらしい。
 壁、天井、床。至る所が生き物の内臓を裏返したようなグロテスクな生成物でデコレートされており、さらにその中には本物の人間が奇怪なオブジェのように塗り込まれていた。皆まだ息があるようで、微かな呻き声を上げながら静かに眠り込んでいた。
 そんな彼らの顔に貼り付いているものを目にして、ボクは思わず息を呑んだ。

「フェイスハガー……!」

 蜘蛛のような足と蛇のような尾で獲物の顔面へとしがみつき、窒息昏倒させる、ゼノモーフの一形態だ。正式な学名はまだついていなかったが、巷では〈顔にひっつく奴:フェイスハガー〉と呼ばれているらしい。
 そのフェイスハガーどもは今、壁や天井に塗り込まれた人間たちの顔面へ取り憑いていた。ゼノモーフの卵から孵ったフェイスハガーどもは人間の顔面にしっかりとしがみつき、脈打つように時折身じろぎしながら、工場製品へ出荷準備を施すかのように自分の仕事へと専念している。
 その光景を眺めていたボクは、かつて研究事業で見知ったフェイスハガーのおぞましいライフサイクルを思い出した。

「幼虫を植え付けてる……!?」

 人間の顔面へくっついたフェイスハガーは、そのグロテスク極まりない口腔部――初めて見たとき、ボクは女性器を連想していた――から触手を伸ばして鼻や口へと入り込み、獲物を昏倒させる。そして抵抗できなくなった獲物の体内へゼノモーフの幼虫を送り込み、寄生させるのだ。
 一度でもフェイスハガーに取り憑かれてしまったら、その人間はもう助からない。仕事を終えたフェイスハガーはいったん剥がれ落ちるが、その後密かに体内で成長したゼノモーフの幼虫によって胸部を喰い破られ、地獄の苦痛の中で死んでゆく運命が待ち受けているのである。
 そのことにまで思い至ったボクは、すぐさま我に返った。ぼーっと眺めている場合ではない、ボクも早く逃げ出さなくては、一刻も早く。さもなければ、目の前の犠牲者たちと同じように、フェイスハガーの餌食にされてしまう。
 ボクはすぐさま手足に力を込めた。けれど、

「ふっ、ふんっ! このっ……!」

 ボクは他の犠牲者たちと同じように、ゼノモーフたちの巣における奇怪なオブジェとして床に据え付けられていた。手足はおろか胴体や頭部もしっかり塗り固められており、俯せの姿勢で床へ厳重に接着されている。これでは立ち上がるどころか、身動ぎすることすら出来ない。今のボクに動かせる部分があるとすればそれこそ顔の表情筋、瞼と口が塞がれていないだけである。

「ぐぬっ、くっ、ふんぬっ……!」

 それでもなんとか脱出しようと歯を食い縛って悪戦苦闘していると、何処からかペタペタと奇妙な音が聞こえてきた。
 足音だ。すぐさま振り返って確認したかったけれど、首は固定されているので当然動かせない。ボクは辛うじて自由な口で、声を張り上げた。

「おい、誰か、誰かいるのか!?」

 ボクの呼びかけに答えないまま、足音の主は徐々にボクへと近づいてくる。やがて暗闇の中からその姿が現れたとき、ボクは絶句した。

「っ……!?」

 それは、ひときわ巨大なゼノモーフだった。生きた骨から彫刻したような造形で、両脚は寺院の柱のようにうず高く、上半身から伸びた腕は大小二対の計4本。大蛇のように長くくねる尻尾に、頭には立派な冠が備わっている。ボクはそいつの名前を知っていた。

「エイリアン、クイーン……!?」

 異形生物ゼノモーフどもの卵を産み出して群れを統率する|女王クイーン》、それがエイリアンクイーンだ。そして、その額に深々と焼き込まれている『|六號Six》』の烙印を見て、ボクは気が付いた。

「おまえ、まさか|検体六號Specimen-Six》か……っ!?」

 ボクの呟きを肯定するように、エイリアンクイーンは唸り声を響かせる。もともとの|六號Six》は雄のゼノモーフ、クイーンではなかったはずだ。そういえば蜂の巣で女王蜂がいなくなった場合、蜂たちはすぐに新しい女王蜂を用意することがあると聞くけれど、まさかゼノモーフたちにも同じ現象が起こったのだろうか。
 とにもかくにもエイリアンクイーンへと変化を遂げたゼノモーフ検体六號は、ボクのすぐ傍にまで歩み寄り、ボクの目線と高さを合わせるように腰をかがめて姿勢を低くした。目も鼻も無いエイリアンクイーンの顔が、その生温かい吐息がボクの鼻先へ掛かるほどの距離にまで近づいてくる。

「ひっ……!?」

 エイリアンクイーンから頬擦りされそうになり、思わずボクの喉がひきつって怯えた声が漏れる。この怪物は一体何をするつもりなのだろう、ボクが恐怖に振るえながらそう思ったときだった。

 エイリアンクイーンの口元が、いびつに歪んだ。

 ……それはエイリアンクイーンの“微笑み”だったのかもしれない。エイリアンクイーンは一声強く吼えると立ち上がり、くるりと向きを変えてから、まるで椅子にでも腰掛けるかのように膝を再び屈め始める。エイリアンクイーンの下半身が降りてゆく先は、ボクの顔面。このときになってボクはようやく、この巣における自分の役割を理解できた。
 ボクは、エイリアンクイーンの玉座だった。
 つまりエイリアンクイーンは、ボクの顔に腰掛けようとしているのだ。エイリアンクイーンによる顔面騎乗、これが若い女の子の豊かなヒップならまだ悦びようもあるけれど、グロテスクなバケモノの尻なんて誰もが御免だろう。
 ボクは咄嗟に声を上げた。

「や、止めろ、寄るな化け物! ボクが誰だかわかってるのか!? ボクにこんなことしてタダじゃあ済まないぞ!?」

 しかし、ボクの喚き散らす言葉などエイリアンクイーンは意にも介さなかった。
 ゆっくりと近づいてくるエイリアンクイーンの尻と股間。せめてボクは必死になって顔を背けようとするが、しっかり固定されているせいでそれは敵わない。
 やがてボクは、あることに気が付いた。

「うぷっ……!?」

 く、臭い……ッ!!
 いったいなんと形容するべきなのだろうか、間近に迫ってくるエイリアンクイーンの股間はとてつもない悪臭を帯びていた。ほんの僅かに吸い込んだだけでも吐き気を催すほどの、この世のものとは思えない猛烈な腐臭。ボクは即座に顔を背けようとしたけれど、首ごとガッチリ固定されていて、ボクは目と口を閉じることしか出来ない。

「うぐっ、くっ、ぐむっ……!」

 首を振ることすら出来ないまま藻掻こうとするボクの眼前で、エイリアンクイーンの股座は次なる変化を見せ始めた。

 くぱぁ……。

 ぐしょぐしょの体液にまみれたエイリアンクイーンの股間は、微かな震えを帯びながらぷつりぷつりと割れ、粘液の糸を引いて肉の花弁を開いた。一枚、また一枚と、濡れそぼったエイリアンクイーンの股間が花開いてゆく光景。それはまるで若い女の子たちの柔らかな唇のようで、ボクがかつて弄んできた女の子たちのあられもない部分をも連想させた。
 そんなエイリアンクイーンの花園がボクの視界いっぱいに広がり、やがてボクの顔面へと押し当てられようとしている。エイリアンクイーンがやろうとしているのはまさに人間の男女のオーラルセックス、そのグロテスクなパロディだ。
 とうとうボクは叫ぼうとした。

「ひ、ひあ……んぶグっ!?」

 ボクが悲鳴を上げた途端、その開いた口と鼻に滑り込むものがあった。エイリアンクイーンの股間、そこから伸びた触手たちが一斉にボクの鼻孔と口へ攻め入ってきたのだ。

「ふぶゥ! ごぼォッ!?」

 ボクの口の中を埋め尽くす触手たち。息苦しさと生臭い触感に悶絶しながら、ボクは本能的に首を振ってえずいた。けれど首を固定されたままではそれも叶わず、とうとう喉の奥まで入り込まれてしまった。
 やがてボクの口の中で、触手たちが膨らむような感触があった。

「んぶっ、くっ、ぐ……!?」

 そして次の瞬間、凄まじい勢いで液体を放出してきた。エイリアンクイーンの触手からどろりと濃厚な粘液が噴射され、ボクの体内へ直接流し込まれてゆく。

「おぶェっ!! げぶっ!!」

 あまりに膨大な量と勢いでにボクは飲み下すことさえ出来ず、飲み込み切れなかった液体が、窒息の苦しみと共に口の隙間から溢れ出てきてしまった。
 ポンプのように蠢くエイリアンクイーンの触手、そこから送り出される液体の勢いは、ボクの胃袋、そして腸の中までもを満たしてもなお止まらない。ミチミチミチッと肉の張り詰める音と共に、ボクのお腹が膨らみ始めた。腹筋と皮が引き裂かれんばかりに張り詰めて、臍が裏返り、胴回りが水風船よりも勢いよく膨らんでゆく。
 ボクは全身を仰け反らせ、口と鼻を塞がれたまま絶叫した。

「ンぅう――ッ! グぅゥゥ――――ッッ!!」

 ……なんてキモチイイのだろう、と思った。
 こんな状態でもボクの男性自身はビンビンに反応していて、反り返ったペニスの先端から、びゅっびゅっと水道のように我慢汁が溢れ出ていた。全身が、体の奥底から煮え立ったように熱い。苦しみに身を捩れば捩るほどに、むしろ快感が増してゆくかのようだ。これまで沢山の女の子たちと遊んできたけれど、それらとは比較にもならない圧倒的悦楽の奔流。脳が焼き切れそうなほどの膨大な快楽で、ボクの思考は真っ白に塗り潰されてゆく。
 そうしてボクは、遂に絶頂を迎えた。

「ングぁあああァアア――ッッ!!!!」

 全身を痙攣させながら、ボクは大量の精を吹き上げた。ボク自身にも信じられないくらいの大量射精、まさに人間を辞めた合図のようだった。
 同時に、エイリアンクイーンの咆哮が響き渡る。きっとこのゼノモーフの女王も絶頂へと達したのだろう。そう、ボクらはひとつになったんだ。

「ンぉおォォオオ――――…………ッッ!!!!」

 意識を失う寸前、ボクは確かに見た。
 ボクらの結合部から飛び出してくる小さな無数の触手たちを。そこから吐き出された数万に及ぶゼノモーフの卵はそのすべてがボクの体へと着床し、そのすべてが受精卵となったに違いない。そしてゼノモーフの受精卵はひとつ残らず新たな命となってボクから生まれ出て、この世界で産声を上げることとなるだろう。ゼノモーフ、この星を埋め尽くすエイリアンクイーンとボクの子供たち。

 嗚呼、なんて幸せなんだろう、と思った。

 あるいは、エイリアンクイーンから過剰に分泌された脳内麻薬による多幸感だったのか。
 権力、カネ、情欲。これまでボクが追い求めてきたもの、それら全部なにもかも空っぽの偽物だったんだと感じられた。そして産みの苦しみ、そして悦び。これらこそ本当にボクが欲しかった、本当の悦びなんだ、と心から思った。
 ……それがきっとこのボク、ジョン=ユタニにとって、ヒトとしての最後の一線だったのだろうとうっすら自覚しながら。



 ボクがエイリアンクイーンと結合してから、いったいどれだけの時間が経っただろう。
 あれから毎朝毎晩エイリアンクイーンによって大量のホルモン体液を流し込まれ続けた結果、ボクの体はすっかり変わり果ててしまった。ボクの胴体は限界を超えて膨張、手足にはもはや感覚もない。破裂寸前にまで膨れ上がった内臓に内側から押し潰され、ボクは呼吸すらままならなくなっていたけれど、そもそも呼吸をする必要さえも無くなったようだった。傍から見れば今のボクは立派な産卵管、ボクの人間らしい名残りなんて何もかも跡形なく消え去ってしまっているだろう。
 成熟したエイリアンクイーンは玉座に据えられたボクを産むための道具、自身の産卵管として使役した。股間から触手を伸ばしては卵の幼生をボクの体内へ流し込み、ボクを身籠らせて、熟し切った頃合いに産卵させた。
 卵を産むその度に、ボクはまるで壊れた蛇口のように大量に精を放った。もう何度絶頂に達したのかわからない。数え切れないほどに、ボクは快楽の頂点を極め続けていた。

 一度だけ、反抗を試みたことがあった。
 触手を差し込まれたタイミングを待ち構えて、辛うじて動く顎に力を込めてエイリアンクイーンの股間の触手を噛みちぎろうとしたのだ。
 けれど、そんなのは無駄な足掻きに過ぎなかった。ボクがエイリアンクイーンの触手に歯を立てた途端、滲み出た酸の体液で総ての歯が溶け落ち、やがて顎まで失くなった。
 それからというもの、ボクに出来ることと言えばクイーンから差し込まれた栄養管を懸命にしゃぶりつき、力の限りに吸い付くことだけだった。

「れろっ、ちゅう、むちゅ……」

 かつて数多くの女の子たちを悦ばせ、その心身を虜にしてきたテクニシャンのボク、それが今や異形生物エイリアンクイーン専属のフェラチオ奴隷に成り果てていた。エイリアンクイーンの股間からボクの体内へと伸びる挿入管。ボクにとっては唯一の生命線であるその触手を、ボクは全身全霊を込めて口でバキュームし、舌先で丹念に愛撫する。

「ちゅば、ちゅば、ちゅば……」

 エイリアンクイーンは気まぐれだ。上手い具合に悦ばせることができれば快楽物質が与えられ、そうでなければ地獄の産みの苦しみが襲う。ボクとしてはこのゼノモーフの女王を必死に悦ばせることしか道は無いのだった。


 ……今のボクの境遇について、可哀想だ、と思うかもしれない。
 たしかにボクは完全にヒトとしての姿を失い、完全にエイリアンクイーンの産卵管へと作り変えられてしまった。腹はパンパンに膨れ上がり、手足は退化して歩くこともままならない。
 けどね、悟ったんだ。この状態こそがボクの真の幸福なのだと。
 大企業ウェイランド=ユタニ社の御曹司として生まれ、遺伝子治療によって手に入れた美貌と優れた頭脳、そして財力と権力によって、他人を弄ぶ贅沢な生活。御曹司としての地位や若さによって手に入れた一時の喜びは、空っぽな虚飾に過ぎなかった。いくら女遊びをしても、いくらカネと権力にあかせて贅沢に遊んでも、そんなものは何でも無かったんだ。

 それに引き換え、エイリアンクイーンの、いいや、偉大なる女王様に支配される今の状態がどれだけ幸福なことか。

 今日も、偉大なる女王様の尻の下で、ゼノモーフの卵を産む悦びに打ち震える。この快感は、かつての女遊びやパワーゲームのような一時の快楽とは比べものにならない。ボクは選ばれし者として、新たな生命を産み出す存在なのだ。その意味において、ボクは幸福そのものだと自負している。
 人々はボクの姿を見て、恐怖と嫌悪を覚えるかもしれない。あるいはカネと権力に溺れた愚か者の哀れな末路だというかもしれない。
 しかし、ボクにとってそれは問題ではない。かつての誇り高い御曹司の姿も、美しい容姿も、全て無駄だったのだから。ボクは今、新たな存在として生きていくのだ。
 ボク、ジョン・ユタニの物語はここで終わる。新たな始まりの先に、ボクがどのような未来を歩むのかは、誰にもわからない。ただ、ボクは確信している。ボクの幸せはここにある。それを信じて、ボクは新たな人生へ歩みを進めてゆくことになるだろう。
 ……と、こんな風に自分を振り返っていた時だった。

「んぶッ!」

 突如、ボクの口の中で偉大なる女王様の触手が脈打った。口の中にどろりと濃厚な分泌物が注ぎ込まれると同時に、ボクのお腹が満たされて蠢き始める。
 ……ああ、きた、きた、きた! ボクの中で期待感が高まるのを感じた。全身を強烈な快楽のフラッシュが駆け抜け、そして一気に絶頂へと上り詰めてゆく。

「ンぐぅううゥゥゥ――ッ!!」

 ボクは塞がれた口で絶叫し、背筋を仰け反らせながら腹を動かして、渾身の蠕動運動によるいきみ》》でもって卵を送り出す。ボクをお腹いっぱいに満たしたゼノモーフの卵が、出口を求めてボクの体外に押し出されてゆく。そして、ボクの胎内で熟しきったゼノモーフの卵たちが、ボクの産卵孔を押し広げながら生まれ落ちた。

「ンホォおおオオッッ!!!!」

 そしてボクはまたイく。ひたすらにイキ続ける。産卵の快楽で絶頂へとひとっとび、その最果てでさらに倍増しの快楽を与えられて再び絶頂を昇り続ける。絶頂から降りられないままボクは、偉大なる女王様の産卵管として延々とイキ続けるだけの産む機械となる。
 ボクが産んだ卵から生まれたゼノモーフの子供たちは、この星のあらゆる場所に放たれ、繁殖してゆく。ボクはただそれだけの存在となり果てた。
 ……ああ、なんて幸せなんだろう、と思った。こうして今日もまた、偉大なる女王様の産卵管として新しい命を生み出すためだけに生きてゆく。

「ンぉおぉォォ――……ッッ!!」

 ボクは今日も偉大なる女王様に奉仕し、その快楽へと溺れてゆく。
 これからもずっと、そして永遠に……――。

作品キャプション

エイリアンクイーンのフィギュアの股間を凝視しながら書きました。

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